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2015/11/26

弥勒面のひみつ

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竹富島の守り神。竹富島はなんでもありで、あんなに小さな島なのに神、多過ぎ!種子取祭で世曳き(ゆーひき)で登場する弥勒面を被った大山家の御主前(うしゅまい)。

言い伝え(教科書本:民俗学者たちの記述・研究)では、竹富島の豪農の大山家の御主前(うしゅまい)が勢頭座敷という位階が与えられ子や孫たちを引き連れて竹富島の神と与人(よんちゅ)に豊作の報告をするという狂言(きょんぎん)。これだと大山家の御主前を称える竹富島世界観が未来永劫まで続いてしまいそうなのだ。弥勒面について言うと実はこうである・・・弥勒面が浜に流れ着いた。それを拾った中道家の人が朝な夕なに拝んでいたのを与那国与人(よんちゅ:役人、お偉方)が見て、与那国家で守っていくべきだと持って行ってしまう。さらにそれを目にした、当時権力があった大山家の御主前(うしゅまい)が持って行ってしまう。
ところが双方の協議の末、安置保管は大山家で、被るのは与那国家の人ということになったという。
現在は旧役場敷地内に弥勒奉安殿で安置。言い伝えは大山家側に成り立っているが、大山家が無理矢理奪ったのではないかというのが竹富島人の本音。大山家は権力を振りかざし竹富島を制圧していた。あの時代(人頭税時代)、島民は理不尽な税の重圧に絶え苦しんでいたように言われているが、大山家、与那国家のような力のある家々の拮抗に対していつも振り回されていたのではないかと推察する。

そうはいっても神と崇められている存在。神拝み、守りの主権争いで勝ったところで安泰を得られるのだろうか。人々、自然、島を守りここにない誰もが求めるそれはどう跳ね返ってくるのだろうか?今年の種子取祭はめぼしい人の姿が見られなかった。ある人は、弥勒の面のそれが跳ね返ってきたのではないかとつぶやいた・・・