2014/06/29

東京竹富郷友会総会


先月の5月25日。
私は、二十年ぶりに行った。

國學院大學たまプラーザキャンパス内にて第89回東京竹富郷友会が開かれた。
大正14年、竹富島から上京した崎山用枝初代会長で嘉利勇士会として銀座(京橋)の蕎麦屋の二階で創立総会を開く。
沖縄復帰後くらいまでは沖縄バッシングが強かった。沖縄八重山、竹富島から勉学のため、仕事を求めそして何よりも長男以外は家を分家していくため次男以降のほとんどは、石垣島や沖縄本島、九州、関西そして東京へと散っていくのであった。
沖縄は昔、特異の存在とされていたらしい。

今回の新会長のお父様が以前会長をしていたときに正式に「東京竹富郷友会」となった。
竹富島は、その大昔、西塘(にしとう)様が八重山から初めて首里城に上がって職務を果たしたことから西塘様を称えている。
西塘の名を用いて会の名称としたりと会の名も幾度も替わっている。
竹富郷友会は四国にもあるらしい。それは戦争中、竹富島に在留した方々との固い絆で交流が続いていた。
今回、会長となった瀬戸克氏のお父様は竹富島の蒐集館を開いた上勢頭(うえせど)亨氏の弟で以前会長職を務めていた。
以前は、竹富島から上京した純然たる竹富人にて郷友会は行われていた。その各々家庭を築いてその子供たち二世。さらに三世。私は三世。